しましまはちみつ日記

主に自閉っ子兄弟(みっち2012年生&はっち2015年生)の育児日記。

選択肢、以前の

支援級の交流授業を見学して、みっちには無理だとか合わないとか思ってしまう。

でもそれはみっちを過小評価しているのでは、とも思う。

 

普通級との交流授業では、支援員が子どもの側にいて個別の指示を出したりしていた。

プリントのここまでお手本のとおりに書くといったことを指示すればその子はゆっくりと書くけれども、高学年のその授業、プリントに書き込んだ内容を理解できているようには見えなかった。自分への指示がない間は何をするのかわからず戸惑っている子もいた。

どう頑張ってもわからない授業への「参加」に1日何時間も費やすなんてもったいないし、本人は辛くはないだろうか、学校で過ごすその時間を子どもの特性や発達のペースに合わせた学習に充てた方が良いと思った。

 

私は体育が苦手で、クラスで1番できなかった。

母の「できないことでも努力することが大切」という言葉を真面目に受け取った私は、体育にも一生懸命取り組んだ。

小中学校のマラソン大会は、本番も練習も(←毎日母に訊かれた)手を抜くことなく全力で走った。なのに途中でサボって歩く人達の方が常に先にゴールする。年々虚しくなった。

大嫌いなバスケットボールもコートにいる間はボールを追って走ったし、待機中はお喋りではなく真面目に見学したり得点板係を引き受けたり保健体育のペーパーテストは学年1位を取ったり、自分のできるところで努力し続けたが、ほとんど評価されなかった。(実技の出来だけで評価するならペーパーテスト廃止してよ…)

いくら頑張っても周囲に追い付けない学校教育での十数年を経て、私は筋金入りの運動嫌いだ。スポーツ観戦も応援もする気ゼロ。

 

知的障害のみっちは、勉強も運動も手先を使う実技科目も就学時点から普通級で要求されるレベルではできないことは明らかだ。

学校生活の全てが私にとっての体育状態で、コミュニケーションにも課題を抱えていて友達付合いが難しいとなると、小学校に行って楽しいだろうか?

地域の幼稚園に通っていないので、みっち本人の希望としての「おともだちと一緒の小学校に行きたい」も存在し得ない。(既に将来への芽を摘み取ってしまっている気もする)

 

いや、できなくてもそれなりに楽しいのかもしれないし、私は重視しないけれど小学校で周囲と同じ当たり前の経験をすることにこそ価値があるのかもしれない。

みっちは私とは別人なのだ。

 

それに知的障害や自閉症じゃなくても≒定型発達児でも、学習内容が理解できなかったり、授業に参加しづらくなったりする子はいくらでもいるのだし、授業がわからないから普通級に入れない訳でもない。

 

学校って何をするところなのだろう。

 

そんなことで思い悩む秋。

エコラリア(おうむ返し)/電話ごっこ

はっちが1人で「そよかぜスニーカー」(おかあさんといっしょの4月の歌)を通して歌った。

以前から歌詞の一部をお経の如く唱えてはいたけれど、2歳0ヶ月、すごいな〜。

「ブンバ・ボーン」の歌(踊りではない)の完成度もはっちの方が高い。みっちが歌うと音程は正しいけれども歌詞がめちゃくちゃだ。(たぶん歌詞を聞き取れていない)

 

はっちの歌詞や文の記憶力も再現力もなかなかのものだと思う。(親バカ)

しかし簡単な質問に答えられない。

「今日はどこに行ってきたの?」

「電車、楽しかった?」

「梨、おいしかったね。梨、好き?」

これらに「こうえんいった」とか「はい」とか「うん」とか「たのしかった〜」とか「すき〜」とか笑顔で返すとか、しないのだ。

今までスルーされていたのだが、最近質問をそのままおうむ返しすることが増えた。

「でんしゃ、たのしかった?」「なし、すき?」

答え方、いや答えるということがまだわからないのだと思う。

自分から「ドラえもん、たのしかったね〜」(←アニメを見せた)とは言えるのに。

 

 

みっちの電話ごっこ。おもちゃを耳に当てて、

「もしもし、しましまはっち(仮名)のははです! おせわになってます。はい、はい、はい、はい、ではしつれいします」

みっちの母とは言わない。あと具体的な用件は一切出てこない。

数ヶ月前まで「もしもし」と「はい」しか言わなかったので進歩ではあるが。

 

それから聞く度に吹き出しそうになるのが、

「もしもし、いぬですか?」

 そんな電話を掛けた覚えはないぞ。

 

はっちもこういう真似ができるようになったら(アンパンマンスマホの台詞はかなり再現するけれど、家族の電話の真似はしない)みっちと電話ごっこをするのだろうか。

相手の質問のおうむ返しを繰り返して、終わらなかったりして。

はっちの言葉(2歳0ヶ月)

はっちの独特の言語表現を心理士さんにもSTの先生にも指摘された。

親は丁寧に気持ちを汲んであげられるけれど、親以外の人にも通じる言い方をできるようになるともっといいですね、と。

 

はっちは絵本の文や歌詞、みっちが面白がって言わせたデタラメなフレーズなどを丸ごと言う。必要に応じて一部改変もする。

今日は梨を食べる時に「どみみ〜 みそそ〜」と歌い出した。何の関連が? と思ったら「れふぁふぁ〜 なしし〜」と続けた。「なし」「なし たべたい」って言えば済む気が…

先日は雨の中を歩いていて突然「あれっ ワンピースが みずたまもようになった」と言った。絵本「わたしの ワンピース」の一節。これも一言「あめだね〜」で済むような…

 

今すぐ修正しなくてもいいとも思う。

親から離れる時期(幼稚園or小学校)が来たら、表現が周囲に通じないのは困るけれど、通じる言い方をゆっくり覚えていくだろうし。

 

 

「ごはん食べよう」→空腹の時も「たべたく、ない」

「お茶飲んで」→「のま、ない」(勧められるのが好きではない)

「歯磨きするよ」「おむつ替えよう」→とりあえず「し〜ない」

(語尾の「ない」が上がり調子)

ここ数日のはっちのこれはイヤイヤ期の始まりか、あまのじゃくか。2歳になったばかりなのに。

 

ただ「〜しない」と否定形で返すだけでなく「まだあそびたい」と言ったこともあり、自我がはっきりしてきたのかな、と思う。

お祭り

支援級の見学会スタート。

う〜ん、記録をまとめる気にもなれない。

支援級の方向性がおかしいのか、自閉っ子(知的も高機能も)と今の公立学校教育がそもそも合わないのか。

そしてAS母(私)に理解しかねる説明(建前を語りつつ実際のところはお察しください状態ではっきりと言わない)の連続で、精神的に超疲れる。

(就学相談担当者、頼むから来年度異動してくれ…いや、個人じゃなくて組織全体の問題だろうな)

 

 

この3連休は地域の神社のお祭りで、町内会の子どもみこし行列もある。

はっちに本物の御神輿を見せたいと思いつつ、表に出る気になれない。窓を開けているのでにぎやかな音だけが聞こえてくる。

決まったコースをのろのろ歩く行列への参加は難しいし、沿道から見物しようにもはっちは親の思惑通りには行動してくれないだろうし。

みっちを連れてどうにか参加したのは1歳後半の時だったか、それとも赤ちゃん? それ以降は、それはもう…

今のみっち(4歳後半)だったら行列に加わることはできるかもしれない。ただ終了後のごほうびのお菓子詰合せがまたアレルギー持ちには却って困る代物ばかりなので、要らぬトラブルは回避してしまった。(たまたまショートステイ中)

みっちが小学生になって確実に参加させるつもりになったら、みっち用のお菓子を用意して渡して貰えるようにお願いするのかな。

支援校に通っていて地域のおともだちゼロでも参加したいさせたいと思うのだろうか。

まだ当たり前を諦め切れていないんだな。

三輪車を処分する

さよ〜なら〜 さん〜りん〜しゃく〜ん♪

「グローイング アップップ」の一節が浮かぶけれど、事情は全く異なる。

 

近々粗大ゴミの手数料が値上げになるので、その前に不要な物を捨てることにした。

 

三輪車はみっち2歳の誕生日プレゼントだった。

この3年近く、ほとんど乗らないままだった。

先月はっちが2歳になったけれど、今後も使う見込みがない。

 

2歳のみっちは三輪車に乗りたがった。

10回か20回は乗せたと思う。

だけど、外に出るといくらもしないで降りてしまう。ひどい時にはマンションの出入口を出た瞬間に乗り捨てて走り出してしまった。

自宅の周囲は交通量が多く、歩道も人や自転車が常に行き交う。

みっちはすぐに捕まえなくてはいけないし、三輪車もその場に放置できない。もしマンションのエントランスに置かせて貰えたら助かったかというと、みっち連れで自室どころかそこまで引き返すことすら困難だった。(今でも来た道を戻ることをかなり嫌う)

そんなみっちと近くの公園まで三輪車を持って行くなどできるわけもなく、頑張って持って行ってもその場では乗ってくれなかった。

舵取り棒付きとはいえ重たく動きが制限される三輪車を片手で押しながらみっちの行動を制御することは、私1人(はっち妊娠中)では不可能だった。夫1人でも不可能だった。

みっちの散歩担当と三輪車回収係、大人が2人いてやっとできることだった。

はっちが生まれたら、赤ちゃん連れでは、しばらくはできないことだった。

三輪車はベランダの風景になった。

 

三輪車や幼児用の乗り物には公設の遊び場で乗ればいい、当時はそう思うことにした。

園庭やホールならば安全は確保できる。大人1人でも乗せてあげられる。

しかしどこの遊び場にも居づらくなり、みっちはもう2年くらい連れて行っていないし、はっちも「2歳で卒業」を決意した程で、うちの子ども達が三輪車に乗る機会は失われてしまった。

 

子どもが乗りたがっていたのに、親も乗せてあげたかったのに、運動面の発達も少し遅いけれど乗ることが困難という身体でもないのに、新品の三輪車も用意したのに。

どうしてこんなことになってしまうのだろう。

 

みっちが三輪車に乗っている写真が1枚もないことに気付く。

三輪車を出したら、もうスマホで撮影どころではなかった。大人2人がかりでも。

かつてのママ友には、信じられない、理解できない話だろうな。だから話さない。

 

近くに選択肢が複数ある乳幼児向けのスイミングや音楽教室といった習い事も、子どもが好きそうだから行かせてあげたいと思っても、ASD特性のために諦めてきた。(ダウン症のおともだちは色々通っている)

この辺りのお行儀のいい定型発達児だったら幹線道路の下り坂の歩道で乗せても平気なストライダーも。(私は危険だと感じたが、スピードを出さないし親からそんなに離れないし信号を守るので、ここでは「あり」らしい…)

どこかには通うのが当たり前だと思っていた幼稚園も。

そんな思いの象徴みたいな三輪車。

処分したらすっきりするだろうか。しないか。