しましまはちみつ日記

主に自閉っ子兄弟(みっち2012年生&はっち2015年生)の育児日記。

春は不安定

子どもの頃から、四季の中で春が一番苦手だ。

様々な変化が、自分には過度のストレスになってしまうから、だろうか。

 

2016年の秋からメンタルクリニックに通い始め、最初は漢方薬(まだはっちに授乳中だった)、それから抗不安薬睡眠導入剤とを服用すること1年、精神面は好転せず、周囲の環境やら条件やらはむしろ更に耐え難いものとなり、昨年秋から抗うつ剤を飲んでいる。

抗うつ剤はそれなりに効いているようで、他人から「最近明るくなったね」と言われるまでになった。

しかし、効く→頑張れる→急に辛くなる、の度に薬を増量して日常生活をどうにか回している状態で、そう言われても素直に喜べない。

増量できるのはあと1回だと思う。

この春を乗り切れるだろうか。

 

みっちは新年度から療育と幼稚園を併用することになった。

(諸事情により療育園の利用日数が減ってしまったので仕方なく)

障害児の親同士の付合いさえまともにできないのに、幼稚園のママ付合いとか絶対無理。しかもみっちはたぶんトラブルメーカー…

 

はっちに起こされなくとも午前4時頃に目が覚めて寝直せない日々が続いている。でも寝室は西向きなので「春はあけぼの」ってわけでもなく。

最近、そんな感じ。

緊急ミッション

緊急ミッション!

(という言葉が最初に頭に浮かんだけれども、漢字か英語かに統一した方がいいような気もする、まあいいや)

 

ひとりごとを止めなさい。>自分

 

昨夜、臭うので、遊んでいる子ども達を捕まえてオムツの中を確認した。何回も。

その度に「またどっちかおならしたな〜、どっちだろ」とか何とか、言ったのである。

ASDなみっちもはっちも、自分だとも相手だとも答えないとわかりきっているので、これは私のひとりごと。

 

今朝、起きてしばらくして意識がはっきりしてきたみっちが突然、

「どっちのおなら、どっちのおなら、どっちのおなら、…」

と繰り返し、初めは言葉の再現だけだったが、途中から言いながら笑っていた。

 

他人の問い掛けなど聞いていないようで、やっぱり聞いているのだ。

 

排泄関係の言葉が楽しいという感情はフツーにあるのか、注意されたり嫌がられるのが面白いのか、私の食事中にわざわざ「うんちがでたらおしりのおくすり1かいおやすみ」(便秘対策の浣腸の話)と繰り返すひどい奴である。

これ以上この手の言葉遊びをさせるものか!(怒)

 

というわけで、ひとりごとを控えようと決意したのだった。

しかし強く意識していないと思っていることをそのまま口に出してしまいがち(実況中継)なので、家庭内でどれだけ実行できるかは…う〜ん。

ASD的(?)発言ブーム

先週からのみっちの発言ブームは、

「おかあさん、有楽町線、すきーの」

「おとうさん、小田急、すきーの」

これが1日に数十回。

聞き飽きたし、返事が面倒臭い。みっちは私が有楽町線を特に好きではないと知っていて、嬉しそうに繰り返しているのだ。(夫も小田急線に関心はない)

有楽町線は好きじゃない」「別に」「おかあさんは京阪が好き」と返事のパターンも数種類、どれも自分で言い飽きたし聞き飽きた。連続発言の3回目以降はスルーしている。

「うん、有楽町線、だ〜い好き!」とでも答えれば止まるのだろうか。そんなわけないか。

 

その前は数ヶ月間「おかあさんは、ケイトリン、すき!」「おとうさんは、コナーすき!」だった。

これも特に好きではなく(トーマスのアニメを見るようになってからケイトリン出てきたっけ?)、「好きじゃない」「別に」「おかあさんはエドワードが好き」(←やさしい心だから)のどれかで返していたら、みっちが先取りして「おかあさんはエドワードがすきっていってる」「おとうさんはゴードンがすきっていってる」と続ける始末。

わかりきっているのに何十回も何百回も(トータルで千回超えてるかも)繰り返して面白いのか?

 

 

はっちは電車やバスの車内アナウンス再現にまだはまっている。

「おわすれもののないようごちゅういください、とーきょーめとろをごりよういただきありがとうございました」

「あぶないですので、てすりやつりかわにおつかまりください」

言葉が遅かったみっちにはなかった趣味(?)だ。

はっちも日常会話ではまだまだ「ん!」で要求や拒否をすることも多く、実用性には乏しいのであるが。

質問じゃない質問かもしれない

眠剤を飲んでも眠れない夜。バイオリズムの関係で月に1回か2回、これはどうしようもない。

 

 

みっちは質問をしない。

夫によると「5年間で質問したのって2回位だよね」で、人生初の質問は見慣れないベビーフードの袋が気になって「それなに」と訊いたのだった。もう1つは何だっけ。

質問しない理由は障害特性云々で想像できるのだが、こちらが質問だとは受け止めていないだけで、みっち本人なりに不明点を知りたがっているのかもしれない。

昨日もガラケーをいじりながら「おとうさん、『じる』ってかいてある、『じる』ってかいてある」と繰り返していた。メニューを『閉じる』だったのだが、みっちのこの発言は読めないこの漢字を「読んで」や「教えて」という要求なのではないか。

 

あと「えいご」はアルファベット自体への興味ではない気がする。

ティッシュのCOOPやミニピアノのKAWAIには全く関心がなさそうに見える。ガラケーを起動した時のauもそうだ。(小文字はまだ知らない可能性もあるが)

それぞれ「てぃっしゅ」「ぴあの」「けーたい」で通じるからだろうか。

特に好きな看板やお気に入りのTシャツを「えいご」と呼ぶことで同種のものと区別しているだけかもしれない。

 

 

日付が変わる前に布団に潜ろう。明日もはっちの個別療育(片道1時間)だ。

みっちの文字認識(5歳1ヶ月)

ひらがなカタカナがだいたい読めるようになったみっち。

目にした文字を読み上げることがある。

 

注意書きの看板の前で。

み「お、い!」

私「お願い、って書いてあるんだよ」

 

子どものおもちゃにした古いガラケーをいじりながら。

み「ごできません、ごできません、ごできません…」

「ご利用できません」の類だろうと思ったら当たりだった。

 

漢字も読めるようになりたいとは思っていない様子。

自分の名前や住所の漢字表記も知らないだろうし。

個別療育に通う時に利用する路線の駅名の漢字表記は4歳になる前に覚えてしまったようだが、記号というかその駅の視覚記憶としてであって、例えば「上野」が「うえの」だとわかるからといって上という漢字が読めるわけではない。

 

アルファベットには多少の関心がある。

アルファベットを「これ、えいごだ」「えいごがかいてある」と言う。

最初のABCくらいは知っているようだ。

そんなみっちが「えいご、みたい」「ここはえいごがみえない」「あっちにいったら、えいご、ある」と目的地と違う方向を気にしていて、街中にはアルファベットが溢れているのに一体何のことかと特定できないまま1ヶ月以上経過。

先日、遂に「えいご」の正体が判明。

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これ位わかりやすくはっきりしたものじゃないとダメなのね。

英語やローマ字表記の日本語の文はもちろん、LAWSONとかTOYOTAとかdaieiとかDAISOとかLIFEでもダメなのね。

好きな青色の看板に、アルファベット2文字か。

今度帰省する時か飛行機に興味が出てきたら、3文字のANAJALを教えてみるかな…