しましまはちみつ日記

自閉っ子兄弟(現在年長さん&2歳児)に振り回される、自身もASDな母親業。(向いていない)

1回休み

つらい。

持病(?)のうつが悪化している自覚がある。

ほぼ正常に戻った難聴も再発した気もする。今朝、音がまたズレた。(なお難聴は前回検査で問題なしになったが、低音の耳鳴りは残ってしまった)

 

みっちの入学説明会でのあれこれがあまりにめちゃくちゃで、そのショックから立ち直れずにいる。

転居先で生活を維持する自信がない…

などと書いたりする間にも、用意できた物品から順に名前付けを進める方が建設的だろう。

 

ちょっと休むことにする。

もうすぐ終了が決まっているハイクも、惜しいけれど。

 

まともなことが、書けないから。

家族が揃うと

みっち(6歳1ヶ月、ASD&ID)とはっち(3歳5ヶ月、ASD)の兄弟が揃うと、狭い部屋で過ごす、ただそれだけのことが、耐え難い…

 

お互いにちょっかいを出し、挑発し合う。

最近ははっちが突然みっちを叩いたり馬乗りになったりがひどい。

また、みっちが使い始めたおもちゃが何であれ「それをよこせ」(←ばいきんまんのセリフ)「はっちもつかう」だのと邪魔に入るはっち。

みっちがやり返せば双方を止めたり注意しなければならず、2人ともプチ自傷したり、拗ねたり、みっちは注意した親にいなくなれだの嫌いだの騒ぐ。

みっちの訳の分からない要求も相変わらずだし、はっちがおもちゃを床にぶちまけるのも相変わらず。

 

いつから続いているのだったか。

そしていつまで続くのか。

 

解決策は2人の物理的距離を引き離すくらいしか思い付かない。

今の狭い部屋では無理だ。大人が間に入るようにしてはいるが。

転居後は少し広くなるけれど、目の届かない部屋にみっち1人を置くのも不安だし、兄弟のどちらかが親戚宅で夕方まで過ごすしかないのか…放課後デイサービスも適宜利用するつもりだけど。

(それを可能にするために転居するのだが、毎日それでいいのだろうか)

 

休日に家族が揃うと、午前中にどちらかを(できればそれぞれを別々に)外出させて、午後は子ども達を昼寝させて、親も横になって(私は眠れないことが多い)、ただ時間が過ぎるよう耐える。

おうち療育? そんなのできやしない。みっちの個別療育に通うのを止めたのも、指示に従わず挑発をエスカレートさせるのに親が耐えられなくなったからだ。

みっちは私を挑発する形でしか関わってこない。怒るだろうと予想してにやにやしながらやっている。こちらは良い反応を返せない。

 

いつからでもやり直せるって励まされたりしたけれど、本当だろうか。

 

現状を肯定するだけ。

どんなにめちゃくちゃでも。

6歳のみっちは3歳当時よりもずっと我慢強くある程度の理屈に納得もする。当時はそんなこと想像付かなかった。

だからはっちも、きっと少しずつ良い方に成長していくと信じて。

 

でも1日が終わるまでがつらくて仕方のないことが多くて。

子ども達が偏食でおかずを食べないので、大人の食事もまともに用意できなくなってきて。(おなかは空くが、食べたいものが思い付かない、お惣菜もなかなか選べない)

何だか泣きたいけれど泣く気力もない。

 

入学・入園と転居の準備をしながら、しばらくやり過ごすしかないって、わかっている。

はっちが乱暴になったのも、アンパンマンの影響プラスそういう時期に入ったからだと、わかっている。簡単には収まらない。

 

わかっているのに、どうしてつらいんだろう。

2019年1月の振り返り

1月最大の出来事は、みっちのインフルエンザ罹患だろう。

しかし、お泊り先で発熱→そのまま親戚宅で隔離生活で、親はほとんど関わっていない。(医療機関受診には夫が出向いて付き添った)

今後の私達家族のあり方を、暗示…じゃなくて明示か、ともかく心配しつつも本人不在の奇妙な1週間だった。

 

新規の医療機関を受診する際に、今までの発達の経過をまとめたものがないと不便だと実感したのが成果(?)だろうか。

現住所のかかりつけ医とは転居で縁が切れる。

(専門外来のみ継続予定)

みっちは食物アレルギーに抗生物質が体に合わなかった経験や飲み合わせ注意の薬もあり、サポートブック作成の必要性が理解できた。

 

 

隔離生活の前、私の体調不良にはお構いなしに、みっちの挑戦的な態度はエスカレートしていった。

嫌がるとわかっていることを意図的にしてくる。かんしゃくを起こしてハサミを投げるようになった。2度目からは意図的にだ。危険なので注意すると「おかあさん、きらいだよ」と笑う。

外でみっちが手を振り解こうとする力を抑えられるのは、あとどれ位の期間だろうか。

集団(幼稚園)では本人なりに頑張っている、その反動だとしたら、家庭でどう過ごせばいいのか。

知的障害は軽度だ。2本目の乳歯が抜けた時に、1本目が抜けた日付を正確に言った。その手の記憶力は良い。でもそれが暮らしやすさには繋がらない…

 

はっちも真似してなのか、やたらと物を投げたり踏んだりする。男の子は乱暴だからと義母は言うけれど、ASDこだわりで強化されている気がする。

 

 

私自身は体調不良で1ヶ月丸々棒に振った感があり(1月後半は耳鼻科のめまいの処方薬が合わずに2週間下しっぱなしで体力が落ちた)、これからの入学・入園準備(転居先に出向かなくては)や転居まで今の生活を頑張れるのか、そして転居後は夫の不在時間が長くなるのに、と不安を膨らませがちだ。

 

転居まで、あと50日くらい。(正確には数えていない)

せめて体調管理に努めよう。弱った胃腸はまだ回復してないけれど。

歌って育った

みっちもはっちも歌や音楽を好むし、みっちの音感とリズム感はそこそこいい感じだと思う。

 

その力は、本人が持って生まれてきたものでもあるし、私が歌って育てた…と言うと大げさか、歌って親子一緒に育ってきたからだとも思う。

2人とも目を合わせない赤ちゃんだったけれど、歌を楽しむことがコミュニケーションだったのだと。

 

今でもはっちは一緒に歌いたがる。3歳なりの音程のズレに合わせるのは難しい。更に。

 

私の難聴はただ聞こえなくなったのではなく、聞こえが悪くなったと同時に、左右で音が微妙にずれて聞こえる。

テレビの音が、特にピアノやバイオリンやギターや、いや人の声が、自分の声まで全て、ずれて二重になって聞こえる。

正しい音がもうわからない。

頭の中ではまだ記憶の再生が可能だけれど、自分の発した声がよくわからない。

 

もう、一緒に歌って育っていくことはできないのだろう。

指示が通るようになったら障害児も受け入れている音楽教室に通うのもいいかも、なんて淡い期待を持っていたのだが…

 

(みっちに対してそんな期待は余りに見通しが甘かった、という話はまた別の機会に)

 

「子育てで一番大切なこと」

杉山登志郎医師の本なので、読んでみた。

今までの新書や一般向けの本のまとめ+αといった印象。

 

関心があまりない人でも読み易くという目的での対談小説形式が成功しているのかどうかは、私は+αや最新の情報を知りたい読者なので、わからない。

虐待やマルトリートメントで脳が萎縮する話は、いつぞやの「プロフェッショナル 仕事の流儀」の友田明美医師回で扱っていた通り。

 

幼稚園6年制の発想はなかったので、それは面白かった。

確かに、みっちの発達段階にはまだ就学は早い気もしていて、だからこそ個別支援が受けられるよう、普通級は全く希望しなかったのだ。

10歳頃にASDADHDの多動がある程度落ち着いてから集団生活に入っていく、というやり方は、自閉っ子の親としては理に適っていると感じるし、知的障害もあるみっちはそれでも普通級ではないだろうけれど。

 

しかし、夫に言わせれば「そんなの手遅れ」で、私達親子は既に修復困難な関係に陥っていて、その修復の技が書かれているわけではない…

現実は、難しいね。