しましまはちみつ日記

主に自閉っ子兄弟(みっち2012年生&はっち2015年生)の育児日記。

発達検査の結果(みっち4歳)/言葉の発達の副作用

昨年末にみっちが受けた発達検査の結果説明を1月に聞いたのだが書きそびれていた。

 

新版K式で検査した。生活年齢4歳0ヶ月時点で、

全領域が60台前半、

姿勢・運動が70台後半、

認知・適応が50台後半、

言語・社会が60台前半。

 

身体能力が3歳相当(年齢相応ではない。粗大運動も手先も不器用)、全領域で2歳5ヶ月相当。

認知・適応は2歳1ヶ月相当だがこれも平均値で、各項目の凸凹が大きく、3歳並にできることもあれば1歳台レベルの部分もある。

言葉は随分と発達したが社会性は障害特性ゆえ…の平均もやはり2歳前半。

 

60台前半という数値は2歳後半で受けた最初の検査、そして療育手帳取得時の検査の結果とほぼ変わらない。驚かないし、今後も同程度で推移するのだと思う。

ただ、自閉症のみっちは適応がかなり狭いので、検査者がかなり粘ってくれた今回の結果がほぼベストスコアになる。通常ならばみっちが検査に応じる気になる前に打ち切るだろうし、その結果はもっと低くなるだろう。

持っている力をいつでも出すことはできない。6掛けだけど6掛けじゃない。

 

 

「言葉が出るようになったのがみっちの不幸の始まり」と夫が言ったことがある。

みっちの発達チャートの中で、発語はこの1年でかなり伸びた凸の項目なのだ。

しかしそのせいで「他の分野も言葉と同じ位に発達しただろう」「言葉が出ているから理解できているだろう」と勘違いしている親(私達)に頻繁に怒られるようになってしまった。

大人が維持したい生活環境と相容れないこだわりや常同行動、わざとやってみて反応を楽しむといった行為をどうにか止めさせようと、あれこれ試してもすぐには上手く行かず、繰り返しても成果が上がらないどころか逆にみっちの言動がエスカレートしたりで、大人は叱る怒る遂にはキレる。

 

もしも未だに言葉が出ていなかったら、大人の側が諦めてみっちのありのままを受け入れたのか。

療育園の子ども達の中でもみっちは言葉が割と出ている方で、他の親御さんには「みっちくんはいっぱいお話しできていいですね」と思われているようだが(何度か言われた)、単純に良かったとは言い切れない…

 

とりあえず朝起きてくるなり「おかあさん、いなくなっていい!」と叫ぶのは早々にお止めいただきたいものである。

(注意をする等みっちにとって都合の悪い相手に対して(その場から)「いなくなる」「いなくなって」と言ってしまう)

毎日何度も聞かされる→スルーできない精神状態になって怒る→更に繰り返される、悪循環そのもの。

それを断ち切るのはやっぱり大人の仕事、私が我慢するしかないのだろうけれど。

「危ないからダメ」

みっちをブランコに乗せていたら、子どもが隣の空いているブランコに近付いて来た。

「これ乗りたい」とその場で何度か繰り返してから振り返ったが、視線の先の母親は「ダメ」と言い、こちらに歩いてきた。

もう1人子どもを連れていて、その子も「ブランコ乗りたい」と言った。

すると母親は「危ないからダメ!」と、怖い顔をして子ども2人の手を引いて離れていった。

十分動けるしブランコに乗っていいか親に確認もできる子どもを公園に連れて来てただのブランコが危ないとはどういうことだ。上の子はみっちより年上だろうし、下の子だって春には幼稚園(年少さん)かなというサイズだ。

 

母親は、私が手に提げていたみっちのバッグを見ていた。

ヘルプマークを付けたバッグ。

 

ブランコに乗っているみっちは他の子どもよりよっぽどおとなしい。興奮して叫んだらうるさいにしても。(その時は叫んでいない)

4歳だけどまだ自分で漕げない。足を「伸ばして、曲げて」と教えているけれどできない。親に背中を押して貰うだけ。

ブランコに乗りたい一心で動いているところに突進してくる未就学児&それを止めない親(子どもから目を離している)にもう何十回も遭遇しているので、みっちやはっちが突進しないようにだけでなく、乗せて押している最中もすぐにブランコを止められるよう常に注意している私。

危ないかねえ…むしろ安全な方だと思うけどね。

 

ヘルプマークを隠しておけば良かったのか。普通を装えば良かったのか。そう考えるのも変な話なのだけど。

みっちを屋内の遊び場や幼稚園に連れて行かなくなったので、同年代の子どもの親の露骨な反応に出会うのが遅かっただけかもしれない。これからずっともっといっぱい続くのだろうし、いちいち気にしない位に慣れるだろうか。

ヘルプマークも自閉症も、啓発して中途半端に認知度が上がっても…と改めて思う。

 

ヘルプマークを付けるべきか否かは、相模原の障害者殺傷事件以降ずっと不安や迷いがある。

それを標的にされたら…

あるいは、マタニティマークを付けていたらかえって嫌がらせを受けたという話。

(私自身もはっち妊娠中、わざわざ近寄ってきた人にお腹にぶつかられたのと、やはり不自然に近付いて来た人にみっちの頭に鞄をぶつけられた経験がある)

一見してわからない障害等をわかって貰うためのマークを使って周囲に知らせることの、危険性も意識してしまう。

 

そんな人や社会が悪いとか、それを少しずつでも変えなければいけないだとか、言うことは簡単だけど。

みっちの就園辞退の件も、合理的配慮というのか、受け入れ態勢を整えて貰えるよう粘り強く交渉したり請願したりするべきだったのかもしれないけれど。

日々起こることの全てとは戦えない。

本当に今すぐ争ってでも守らなければならないこと以外は、優先順位を付けて、諦めたり棚上げしたりせざるを得ない。

という理屈で感情を押し殺し続けるのもきついし、できないし。

 

そして、みっちが成長して自身に注がれる様々な偏見や差別や不条理に気付く日は、来るのだろうか。

来るのも来ないのも、どちらでも、かなしい。

行き場

みっちに関しては2歳代から諦めているのだが、

はっちについても、図書館での乳幼児向け読み聞かせ会に参加することは親子共々ストレスになるだけだった。

それが数ヶ月ぶりに読み聞かせ会に行ってみての感想。

好きそうな絵本に集中できず、くねくねごろごろ、そして普段はほとんど歩いているのにはいはいで他の親子の間を縫うように移動する。

1歳児だからそんなもの、で済ませてもいいのだけど、たぶん違う。

健診通知に図書館での1歳半向けプログラム&絵本のプレゼントの招待状も同封されていたが、期限(2歳前日)までに行くこともないだろう。

絵本は家で親と読めばいい。会場では注目できなかった絵本を借りたら家では良く見ている。

まだ知らない絵本の出会いの場として、読み聞かせ会は良かったのだけど。

 

 

児童館の幼児向けプログラム(月に1〜2回参加)も、しばらく同じ先生が続いていたところにたまたま違う先生が担当だったためか、楽しみにしている体操で完全に固まるはっち。

赤ちゃんの時みたいに一緒にしようと手を取ると、私の人差し指だけをぎゅっと握る。体操の振付通りに動かしてやるが、力が入っていてやりづらい。

はっちの手の平が汗でかなりしっとりしている。夏の暑い時期よりひどい。

緊張? 予想外の事態(見慣れない先生、いや0歳の時に見てるはずだけど)に混乱している?

 

 

多動やみっちのようなこだわり炸裂のせいでで親の方が児童館や遊び場を利用しづらくなるまであと何ヶ月だろう、その後はどこで遊ばせればいいのだろう(公園は午前10時にもなると認可でも園庭のない保育園(が8割!)の集団でいっぱいになる)…という親の不安以前に、はっちが落ち着いて過ごせる場所や条件をしっかり押さえておかねば。

アレルギーの日

NHKのニュースを読んで初めて知った。今日は「アレルギーの日」だそうで。

食物アレルギー 新しい治療法に注目集まる | NHKニュース

「経口免疫療法」が紹介されていた。

「わずかな量を毎日決まった時間に食べさせ、定期的に検査で耐性が付いたかどうか確認しながら、食べる量を徐々に増やしていきます」

偏食&食わず嫌い大王のみっちには無理だ。

牛乳や乳製品のアレルギーは惣菜や冷凍食品そしてお菓子を選ぶにも一苦労なので、できれば早い内に自然収束or治してしまいたいけれども。

 

卵は平気になったようだが、それなりの量を本人に気付かせずに食べさせる方法を思い付かない。卵料理は食わず嫌い。(←何故かアレルギーのないはっちも)

以前はアレルゲンフリーのレトルトカレーにゆで卵を刻んで混ぜていたが、それでカレーを嫌いになったのか、今は食べない。

最近A-Labelのおかかふりかけがブームなので乳製品を使っていない瀬戸風味を買ってみたが、卵の黄色い粒が違うということなのか拒否し続けている。

 

1回だけ参加した幼稚園プレに上の子が食物アレルギーだというお母さんがいて、食事やお弁当がいつも大変ですよね〜とか、経口負荷試験の経験談などをしてくれた。

しかし我が家の大変さはアレルギー以前の偏食&食わず嫌いが主原因だし、自閉っ子みっちに経口負荷試験(指示通りにアレルゲンを食べる)なんてもう絶対無理なので、同類に会えて興奮気味の彼女に話を合わせられなかった。

アレルギーの話でも「但し定型発達に限る」なんや…と悲しくなったが、もう何度もあったし今後も繰り返されるこの展開にはいい加減慣れないと。

 

自分の食物アレルギーも治るものなら経口免疫療法を試す価値はあるだろうが余裕がない。

徒歩圏の病院にスギ花粉症の舌下免疫療法の案内が出ていたのも子ども達が就学するまではまず無理と見送ったこの冬であった。

アレルギー、めんどくさ〜い。

苦しい

ものすごく落ち込んでどうしようもないので、外出する予定もないのに抗不安剤を服用した。

(はっちの療育開始直後に自分もメンタルクリニックを受診し継続中)

 

夫が、

「(先週の1歳半)健診のせいじゃないの」

そうかもしれない。

「はっちのことをあまり心配しても仕方がないよ」

心配というより先行き不安かな。(仕方がないのはわかっている)

 

それに、1年近くはっちが自閉症ではないかと疑ってきたとはいえ、あっさり受容できるものでもない、かもしれないし。疑いが確実になって「はっきりしてすっきりした!」とは思えていない。

みっちのことだって、頭では理解しているし前向きに対応してはいるけれど、未だに感情が追い付いていないのだし。(自閉症より知的障害の受容が進んでいないかも、いや2つを完全に分けることはできないのだけど。絡み合ってるし、足し算というより掛け算的な難度)

 

自閉症スペクトラムが100人に1人の割合、自閉っ子のきょうだいも自閉症である確率はそれより少し高くて5〜10パーセント、という数字からすると、子どもが2人とも自閉症って少数派のはずなのに。(グレーゾーンも含めて複数の子どもが発達障害だというブログがいくつもあることは知っている)

 

遺伝なのかな。

私も「今風に言えばアスペルガー症候群のグレーゾーン」(精神科医談)だし。

メンタルクリニックで心理検査を受けた。特性に当てはまる部分はいくつもあるし偏りも通常の範囲よりは大きかったが、数値が良過ぎて障害とまでは言えないのことだった。これははっきりさせて良かった。

自分がアスペではないかという疑い(仕事の関係で高機能自閉症についての本を読んだら、そうとしか思えなくなった)は、うつで通院中だった20代半ばに1度否定されたのだ。発達障害や知的障害の子どもを数多く診ている医師に。

だからこそ、結婚して子どもを授かった時点では自閉症の心配なんてしていなかった。

 

原因を探してもたぶんわからないし、何にもならない。

遺伝であるかどうか、生んだ人のせいかどうか、そんなことよりも、これからどう育てるか、暮らしていくか。

 

だけど、私のきょうだいの縁談…?(さっき聞いた、ので日中の落ち込みには影響していない)

青天の霹靂! 私も予想外のことには弱いんだってば、じゃなくて。

影響しないだろうか。

そう思ってしまうことは、我が子に対して失礼ではないか?

心がざわついてしまう。今夜眠れるだろうか。(いや、幸い現在は入眠剤を飲めば大抵は効く。20代の頃は多剤処方でも効かなくて参った…)