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しましまはちみつ日記

主に自閉っ子兄弟(みっち2012年生&はっち2015年生)の育児日記。

4月2日は世界自閉症啓発デー、なのだけど

ASD じぶんのこと
以前参加した育児サークル的グループのメンバーで久しぶりに集まりませんかとの誘いがあった。
その日は都合が悪いですとだけ書いて済ませればよかったのだけど、他の欠席メンバーは短く近況を書いていて、私&みっちの近況…どう書けばいいのか悩んでしまって、そんなことに時間も労力も割けないので、返信しないことにした。

グループワーク間の休憩で数人ずつまとまって雑談していた時に、ある人が「発達障害とか、こわいよね〜」と話題を振ったことに衝撃を受け、ああこの人達とはきっとうまく付き合えないだろうな、と思った。
当時みっちはまだ1歳前半で、自閉症だとは全くわからなかったけれども、それでも。
この人達はどういう意味で「こわい」と言ってうんうん頷いているのだろう。我が子が発達障害児にいきなり叩かれたりしたのだろうか。センセーショナルな事件の加害者が発達障害だったと報道されたりするからだろうか。最近その言葉を見聞きするけれどよくわからなくて、何となく嫌だなとか思っているのだろうか。
サークルのメンバーは私以外は気配り上手なママばかりで、我が子にどのように育って欲しいかというとまず「思いやりのある人」「他人の気持ちがわかる人」と揃って答えた。(そう答えなかったのは私一人だった)
本当にそれが一番大切なことだと考えているのか、それともそれがああいった場での定型発達的模範回答なのか。
その中で特にしっかりしてそうな人が、子育てママ同士のちょっと気の利いた話題として「発達障害とか、こわいよね〜」と言う。周囲も同調する。当事者や関係者がこの場にいるとは思わないのか。いなければ無問題なのか。
発達障害に限らず、障害全般でもLGBTでも少数民族でも、以前住んでいた京都ならば同和(問題)や在日(外国人)も、こんな風に思いやりの対象外扱いなんかな。
その場にいるのが辛かった。(今思えば、最終回を待たずにその時点で退会してしまえばよかった)

そんな人達に、みっちは自閉症スペクトラムと診断されました、と知らせて何になるのか。デメリットしかないのではないか。
学校その他で関係が続くならば必要な説明をせざるを得ないだろうけれども、過去の付き合いで年に一度近況報告する程度だ。今回返信しなかったから次回は誘われないかも? それで構わない。
でもきっとこれから関係していく人の多くはあの人達と同じ側。自分の定型性を疑うことなく(だってそれが普通で当たり前なのだから)、仲間は大切にするけれど、よく知らないマイノリティ(発達障害に限らず)は自覚なしに差別する、それが多数派なんだ。
声を上げなければ気付かれもしないまま、社会はきっと変わらないまま、でもそんな相手に例えば「4月2日は世界自閉症啓発デーです、自閉症のことを知ってください」なんて伝えて何になるのだろう、とも思ってしまう。今は、そういう状態。