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しましまはちみつ日記

主に自閉っ子兄弟(みっち2012年生&はっち2015年生)の育児日記。

一般的にはしつけでも

ASD みっち3歳 じぶんのこと

昨夜のついったーの加筆修正。

 

先月、過去を振り返る機会があって、母親と自分の関係があまり良くないと思った。
一人立ちできるところまで育てて貰ったことには感謝しているけれど。
家族で私だけの一重まぶたをずっと否定的に言われ二重になるよう努力しろ(但し整形不可)とかもう呪いの域。しかも母と共通の外見的特徴は悪く言わない、おかしい。

一重まぶたの縁を跡が付くように擦ったって二重にはならないんだよ! そんな努力を十数年間要求するって何なの?
本当に「続ければ二重になる」と信じていたとしても、「人の価値は中身だ外見じゃない」と諭しながら、容姿を否定する言葉を掛け続けるってどういうことなんだ。

しかし、みっちに常識的な言動を要求し、言うことを聞かないと叱る、いや怒る、罰を与えると脅す、といった親としての私の振舞いは、「一重まぶたを二重にする努力の要請」と同じかもしれないと思った。
要求している内容は、一般的にはしつけというものだ。
でもみっちは自閉症で、先天的な脳機能障害で、それが普通にはできないのだ。

(ついったー(一部加筆)はここまで)

 

家庭でも学校でも職場でも地域社会でも、またいつの日かみっちが障害者施設に入るのだとしても、共同生活を営む上で守るべきルールは無数にある。

最低限のルール(犯罪行為はダメとか)もあれば、お互いが気持ち良く暮らすためのマナーもある。

親は我が子にそれをしつけなくてはならない。

だけど。

今のみっちには、あまりに高いハードルかもしれない。

毎日何十回も(←1ヶ月だともしかして千回超えてるの…?)怒っていることは、いつかはできなければ彼が困ることだけど、だから注意し続けるのだけど、今守ってくれないと困るのは、主に親だ。

視力の悪い人(私も夫もそうだ)に眼鏡やコンタクトレンズといった補助なしに遠くの小さな文字を読ませるような努力を、幼いみっちに強いてしまっているのか。

そして自閉症知的障害は、その障害に対する補助具の必要性を自覚したり理解できないのかもしれないのだった。

 

寝る前に「もう怒るのやめなよ」と夫が言った。

 

とりあえず半日、怒らないよう心掛け継続中。