しましまはちみつ日記

主に自閉っ子兄弟(みっち2012年生&はっち2015年生)の育児日記。

「風になりたい」から20年余

寝かし付けの時にはっちが何やら喋っていたが不明瞭な発音でほとんどわからず、文の途中で「かぜ」と言った気がしたので、風の歌ねえ…と思い付いたのがまずつじあやのの「風になる」だったが歌詞が全く出てこない。ラララとかタンタタンとか適当にメロディだけ歌う。はっちは初めての曲をおとなしく聞いている。

それからTHE BOOMの「風になりたい」を歌ってみたが、歌詞の一部を忘れている。長いことファンだったのに…(結婚してから自分の趣味の音楽をまともに聴いていない)これもはっちは黙って聞いていたが、もう眠かっただけか。

 

「風になりたい」は1994年、高校1年生の2学期に出たアルバム「極東サンバ」の収録で、ものすごく好きだった。翌春にシングルカットされる前から級友にしつこく勧めまくったが、「島唄」に次ぐヒット曲になるまでは誰も相手にしてくれなかった。

 

その「風になりたい」が劇中で歌われるからという理由だけで、映画「学校II」を映画館に見に行った。1996年といえば受験生で週末も模試で潰れるような生活だったはずなのに。(安室奈美恵を映画で知ったくらい、流行に疎かった)

すぐに感化される私は深く考えることなく「地元の教育大の養護学校教諭コースに志望変更しようかな」等と発言し、高校の先生を慌てさせたり進路に口出しする親族に怒られたりした。

どうして周囲の皆が反対するのか当時はちっともわからなかったが、映画に感動しただけで特にこだわる話でもなくまた養護学校教諭についてじっくり調べる時間もなく、元の志望校を目指すことにした。

 

そんな風に自分の職業の選択肢としてぼんやりと養護学校の教員を意識した瞬間はあったが、

(20代の時も大学の教員養成コース以外での免許取得方法がある(自立活動)との噂を聞いて調べたり…)

映画を見た20年後に自分の子どもの就学先として特別支援学校を考えることになろうとは全く思っていなかった。

 

そして「風になりたい」はやっぱり名曲だった。

今の生活にこそ必要な歌だ。

はっちと歌えるといいな。