しましまはちみつ日記

自閉っ子兄弟(現在就学相談中&2歳児)に振り回される、自身もASDな母。

就学前健康診査(みっち)

先日、みっちを就学前健診に連れて行った。

 

一言で言うと、それは旧体制のままの、バリアフリーには程遠いシステムだった。

 

とにかく待機時間が長い。親子1組ずつ受付なので行列がなかなか進まない。幼稚園を早退して直行して受付開始時間に到着したら50番台なのだもの。

受付後の待機時間にみっちがぐちぐち、最後は「みっちくん、もう呼ばれないよ!」と自傷寸前までコンディション悪化。(この時点で到着から4,50分経過)

 

ようやく呼ばれて誘導係の上級生とコンビになった。が、上級生の人数<入学予定者数で最後に近い方だったため、上級生1人に親子2組になってしまう。この時点で、親子分離タイムも私が付き添うことにしようと決めた。(希望者は全て同伴できることになっていて良かった。たぶん同伴した親は私1人だけど)

 

みっちは偉かった。私に対してぐずぐず言いながらも、こだわり対象以外には離脱することもなく、こだわりを許した時も済ませたらすぐに戻ってきて、全ての検診や検査をやり遂げた。途中の待機時間もぐずりつつもおとなしく待ち続けた。

 

それなのに。

原則親子分離のエリアで受けた簡易知能検査、視力検査、聴力検査が、できない。

検査の指示が理解できないのだ。

 

一例をあげると、円をどうにか描けるはずなのに「同じ形を下に描いてください」と指示されたらその意味がわからないので描けないのだ。(「下」という理解可能なキーワードから推測したのか、用紙の下端から見本の円に向かって一生懸命線を引いた)

みっちにも理解できる指示の出し方だったら、下手くそな円を描けるだろう。でも口出ししたくなるのをぐっと堪えて見守った。正答率半分弱のわけのわからないテストを最後まで受けることはできた。

 

視力検査はランドルト環だった。

みっちに見えないわけがない。でも、指示どおりに答えることが難しい。

みっちは上下左右の識別課題は年齢相当以上に得意だと聞いていたが、「ドーナツの輪っかの切れているところ」を「言葉や指の向きで正確に伝える」ことは難しいのだ。

検査者の「空いているところはどこかな?」という訊き直しに「左目!」と答えたり(右目を隠しているから開いているのは左目で正解…しかしランドルト環は上や右が空いていた)「ここ!」「あっち!」と叫んで答えたり、最後はやけくそで適当に上とか何とか言うだけ言ってみたり。

視力0.7未満という検査結果を頂戴した。いやいや、そこは測定不能と書くべきでしょうに。

ひらがなや数字だったら0.7より小さくても正しく読めたと思う、たぶん。

 

聴力検査も指示通りにできず「よく聞こえない」との結果を頂戴した。私が指示を説明し直しても、理解できなかったか、または耳とスイッチを押す手の動きの協応が困難だったのか。

 

聴力も検査不能と判定してほしかった。検査者のあなた、この小学校の教員でしょう? どうしてもっとわかりやすい説明をしてくれないの? みっちが指示を理解できていないことは目にも明らかでしょうに。

 

 

違うのだ。

これはただの健康診査ではないのだ。

普通学級に適さない子どもを炙り出して不適判定を出していた時代そのままの部分が色濃く残っているのだ。(今も就学相談というか判定の資料になるのだろう)

だから不適の子は不適と判れば十分なのだ。障害児みっちの視力や聴力の値を調べることが主目的ではないのだ。

 

就学前健診を受けないと入学許可通知を出さないことがあると教委が但し書きをしていると知っていたから、無理をしてみっちを連れて行った。

でも、こんな無駄な検査を実施するのであれば、支援級希望者には別の形でするとか、支援級支援校希望者は都立の支援校で実施するとか(市区町村立と都立の協力なんて行政的にはできないのか)(障害児を差別するのか、地元の学校で受けるべきだ、という主張の保護者には地元で受けることも可能にして)、障害者手帳所持者で普通学級を希望していない場合は健診を免除するとか(縦割行政だから無理か)、色々と改善策はあるのではないか?

 

事情があって当初の支援校希望から支援級希望に変更したけれど、その判断は間違いかもしれないと思った。

小学校というシステムは全然バリアフリーじゃない。そこでインクルーシブ教育だとか支援級と普通級の交流を推進することになっているけれど、土台がバリアだらけなのに何の意味があるのか。普通級の児童生徒の望ましい心の育成とやらには役立つかもしれないけれども、障害当事者が内容を理解できないわけのわからない交流授業に黙って座ることを強いて生きる力を伸ばすことになるのだろうか。忍耐力が付くとでも?

 

東京オリンピックパラリンピックの機運醸成や障害当事者も実はそれ程望んでいないらしいパラスポーツの普及促進(とりあえずボッチャを実施すれば形は整う的な)に税金から補助金を出しまくるより、知的障害や発達障害そして身体障害のある人にとっての些細だけど大きな困難が溢れかえる日常のバリアを少しずつでもなくしてほしい。

 

そんなことを考えた就学前健診だった。

みっちは最後までよく頑張ったね。