しましまはちみつ日記

自閉っ子兄弟(現在年長さん&2歳児)に振り回される、自身もASDな母親業。(向いていない)

2019年の年賀状を書きながら

今朝のみっちは、紙パンツを履いて「あんしん」して寝るようになってから初めてのおねしょをした。

紙パンツで吸収しきれなかったのか、半覚醒状態でおちんちんをパンツの外に出したのか、パジャマのズボンとおねしょガードスボンまで濡れていた。

発表会のプレッシャーがそれだけ大きかったのか、そして全てが終わり、みっちなりに乗り越えたのかどうか、ともかく緊張状態が解けたのだろう。

 

先日、DQ55で計算すると生活年齢6歳で精神年齢は3歳3ヶ月と書いた。

ちょうど今、弟のはっちが3歳3ヶ月だ。

はっちも凹凸が大きくコミュニケーション面は確実に凹なので、単純にDQ100(だいたいその辺りらしい)と捉えてはいけないのだが、

 

2人の精神年齢が並んだことになる。

 

DQ55を書いた日には気が付かなかった。

 

 

じぶんのこと。

今年のお正月、年賀状を返さなかった人がいる。

2019年の年賀状の宛名書きをしていて、そのことを思い出してしまった。

大学卒業後に交流が途絶えていたのに、共通の知人から私の結婚を聞いて、どうしても連絡先を教えてほしいと言われ、年賀状のやりとりが復活した。

送られてくる年賀状の添書きが不可解だったのだが、自閉っ子みっちの親としてあれこれ勉強した結果、自分のソーシャルスキルも上がってしまい、これは失礼だ、怒ってもいい内容だ、とようやく理解した。

母親として? 女性として? 共通の属性について、ああこれがマウンティングというやつか、と。

わざわざハガキ代と時間を使って、最初から勝てるとわかりきっている相手(私)に、新年の挨拶としてそんなメッセージを送ってくるなんて…?

私は自分の負けにも彼女の勝ちにも興味はない、というか同じ立場や属性ではない以上そもそも勝負になっていないと思うのだけど、社会性がUPしたばかりに込められた意図に不快感を感じる羽目になったので、

さようなら大学時代の人間関係。

私が誰なのか知っている人は、もう私に関わらないでください。

 

【追記】

定型発達の定型発達による定型発達のための社会が歪んでいるとしか思えない。

私もASDということは異文化人で、なので定型発達のリングだか土俵だかからは降りているつもり、でもその一方でASDの我が子に定型発達社会での生き方を教えなければならないって、誰のためにそんなことをしなければいけないのだろう。