しましまはちみつ日記

自閉っ子兄弟(現在年長さん&2歳児)に振り回される、自身もASDな母親業。(向いていない)

年末年始の連休に

遠いかも近いかもしれない将来が漠然と不安になって、障害児者の「親亡き後」系の本を図書館から借りてはみたが、前書きに目を通した程度で読めないまま返却した。

「8050問題」への備えってね…親の私がまだ40歳ですから、というのが1つ。

でも、私の父親は40代で亡くなっているし、私自身が80歳まで元気だとも思えない。(また漠然と不安)

あとは、親亡き後直前や親亡き後問題が迫ってくる頃まで、親がメインで障害者(成人)をお世話しなければならないのか、とか。

まだ子どもの内から備えないとってメディアから押し付けられる感とか。(父が病没した時に下のきょうだいがまだ小学生だったから、万が一に備えないと…とも思うけれども)

気力体力が伴わないけれど、その手の本を読むべきなのか。よくわからない。前にも書いたような気もするけれど、それもわからない。

 

 

年末年始ははっちの風邪が移って体調不良のまま過ごしていた。なので楽ではなかった。

病弱ではない。虚弱も何か違うと思う。まだ更年期でもない。

自分では脳の脆弱性(本でASDをそう説明していた)から各方面で失調している、ような気がする。そこに疲労の蓄積と加齢による体力低下や回復力低下が伴って失調や体調不良が慢性化しているのではないか。

医者や医療関係者ではないASD当事者の実感でしかないけれど。

 

 

休日にみっちを預かって貰って、残ったはっちを外遊びに連れ出す気力体力を失っている。

はっちが外遊びに乗り気じゃないのをいいことに、テレビっ子にしてしまっている。良いことじゃないような、でも繰り返し見ている番組から言葉や知識をどんどん吸収して学習しているから、はっちはそれでもいいのかなとも思う。

昨年11月に幼稚園の親子面接を受けて、入園時の納付金も納めて、でも本当に通えるようになるのかしらと若干不安になっていたら、幼稚園からはっち宛に年賀状が届いて嬉しかった。

幼稚園で過ごすようになったら、はっちはまた変わっていくだろう。だから今はお互い無理をしなくてもいい、たぶん。

 

 

変わると言えばみっちだって新年度に就学して変わっていくだろう。

これを書いている時点では、再度の就学判定はまだ出ていない。でも支援校か支援級のどちらかには入学する。その点については心配していない。

 

「時間はたっぷりある。それはみっちの特権だから」と夫は言う。

そう、ASD&IDのみっちは、社会からの年齢や学年相当の各種要求を達成できないし、しなくていい。高等部卒業の18歳かもう少し先に社会に出るまでに最低限の物事が身に付いていること、それがゴール。10年以上の時間をかけて少しずつ覚えていけば十分なのだ。

(IDではなさそうとの見立てのはっちがどうなるかは、これから3年間の成長で見えてくるだろう)

 

年末年始は一応連休だった(家事は毎日発生するけれど)ので、そんなことをぼんやり思う時間が多かった。

週明けからまた平日モードの通常営業だ。

それまでに体調を戻さないと…